ここをクリックして名前登録の手順をご覧ください

第4回「歩こう会」旧東海道七福神めぐりと幕末の品川宿を歩きました

2019/2/5 薄曇り ほぼ3時間
参加者10名(敬称略)
佐藤忠夫・田中孝治・田村和久(ご夫妻)・田柳勝男(ご夫妻)・橋山高昭・平原一平・平山晃一・水野赫子 計10名

天気予報はぎらぎらの晴れマークなのに、終日薄曇り。終盤の品川神社でほんの一瞬太陽が見えました。
幸い雨にも遭わなかったし、路線事故で遅れていた田村さんも追いつき、嬉しかったです!

地図とパンフレットを配布後出発しました。今回はパンフレット記載と逆にコースーを取りました。
*各説明記述はパンフレット、各説明板などを参考にしました。

10:07  大森海岸駅から約200m横浜方向に行き、磐井神社「弁財天」に着きます。磐井神社は江戸名所図会に鈴森八幡宮との名前で記録されており、手元の図会をみるとなるほど森の中にあり ますね。参道は海の方に向いていたと思われます。
磐井神社を出て歩道に磐井神社の井戸跡があります、磐井の井は水に関係あるのですね。

磐井神社 弁財天

国道を横断し右側歩道を逆方向へ行きますと右側に品川水族館。そのまま、進むと刑場跡。
10:26 鈴ヶ森刑場跡 磔刑と焚刑とあり、磔刑第一番目は丸橋忠也、焚刑は八百屋お七とのことです。
刑場は1871年(明治4)廃止まで使われました。東海道を挟んで反対側に鈴ケ森中学校がありました。
この界隈は海抜表示が多くあり、同中学校は1.7mでしたよ、低いですわね。この辺から旧東海道の看板が見えます。
海沿いで、松林があり、たまに水しぶきが飛んできたりする中、旅人が歩いていたのですね。
あまり店がない、コンビニストアがない東海道を進みます。
この先殆どの訪問先も進行方向左側にありました。つまり東海道の海側でない方です。

鈴ヶ森刑場跡

10:46 天祖諏訪神社「福禄寿」は1631年(寛永8年)以前に創建と思われるとのことです。かつては東京湾に面していたそうです。今では随分内陸になっていますね。
すぐに立会川、かかっている橋名は浜川橋ですがここは刑場に引かれていく罪人と縁者が涙ながらに今生の別れを告げた場所。

天祖諏訪神社 福禄寿

10:55 泪橋と言います。橋を渡ったらそのまま川沿いに行くと新浜川公園

泪橋

10:59 浜川砲台跡があります。ここに土佐藩抱屋敷がありました。ペリーさんが二回来航していますが、一回目は恫喝して帰り、二回目来航(1854年)の折に危機感を持った土佐藩は幕府に願い出、砲台を構築し八台の砲門を配備しました。ここに二十歳の坂本龍馬がいたのです。土佐藩は地元にも数か所砲台を構築していました。砲身を鍛造する反射炉は土佐藩に無かったと思われ、「砲」はどこから買ったのかしら?なんて思いながら見学しました。東海道に戻ります。やはり左側に、店構えが良さげな蕎麦吉田がありました、1856年(安政3年)鮫洲で営業していたそうです。少し値段がお高い、食べたら高い訳が理解できるかもしれませんが、時間的にスルー。

浜川砲台跡

鮫洲八幡神社があります。鮫洲は江戸城に鮮魚を納める「御菜肴八ケ宇羅」のひとつとして発展。
神社社殿前に1849年(嘉永2年)造の狛犬があります。

鮫洲八幡神社

11:27 品川の荒神様、海雲寺、火と水の神、千躰荒神様として親しまれています。
青物横丁駅駅が近いです。すぐに品川寺です。

海雲寺 荒神様

11:36 品川寺「毘沙門天」は見るべきもの主に三点あります。
入口直ぐの六地蔵さん、東京都有形文化財指定銅像地蔵菩薩坐像。
国重文洋行帰りの梵鐘は1867年(慶応3年)パリ万博出品後行方不明でしたがジュネーヴで発見され1930年(昭和5年)に里帰りしました。
境内の大イチョウは、樹齢約600年とのこと、サイズは幹囲5.35m、樹高25m、みるからに威厳がありました。

品川寺 六地蔵

品川寺 梵鐘

品川寺 イチョウ

宿場町らしい跡もありますね、ビルの一角に「旅籠屋釜屋跡」の看板があり、御用宿であったと記載がありました。新選組の定宿でもあったそうです。

釜屋跡看板

ジュネーヴ平和通りを横断し東海道を進むとすぐに七代目ご当主の松岡畳店があります。1779年(安永8年)から営業しているそうです。このあたりは海に近く浜風が強かったため低い二階家が多かったとのこと、海が近かったのが良くわかります。
旧海岸線跡石垣を見るため横丁に入ります。住宅の石垣の最下段4段程がそれで、見かけの差が良くわかります。二か所ありました。

旧海岸線石垣

東海道に戻ると角のビルに「問屋場跡」の看板がありました。

問屋場跡

目黒川にさしかかります、左手に派手な赤い橋の欄干が見えてきました。
12:05 荏原神社「恵比須」の鎮守橋です。

荏原神社 鎮守橋

渡って神社に入りますと濃い紅色の桜が咲いています。
大木です「寒緋桜」だそうです。709年〈和銅2年〉創建、歴代将軍に庇護され元品川の総鎮守。桜がきれいなのでここで集合写真撮りました。

荏原神社 恵比須さん


荏原神社 集合写真 by K.Tanaka 画像クリックで拡大画像へ

お休み処を利用します。ここは二階に品川宿で起きた事件(主に幕末)の関連資料、展示、東海道商店街地図等用意されています。一階は休憩用椅子、トイレ(無料)があり飲み物、駄菓子を販売しています。資料沢山いただきましたが、東海道「まち歩きマップ」¥50、これが一番使い勝手が良かったです。
北馬場参道通りに入り品川神社に向かいます。この通りはコンビニ、チェーンストアのカフェもあり、普通の風景です。
畳屋さんあります、湊屋畳店は1761年(宝暦11年)創業と看板に書いてありました。

湊屋畳店 許可いただいて撮影

12:38 品川神社「大黒天 」男坂になる階段と女坂のスロープがあり、自由に登れる富士塚は男坂階段中ほどに入口があります。
富士塚は一合目から頂上まで表示があり、TOPからは駿河湾まで見えていたそうです、現在は高層ビル群に阻まれています。

品川神社 大黒天 画像クリックで本殿画像へ

品川神社 富士塚六合目テラス

本殿横に赤い鳥居が並んでおり阿部稲荷へと誘導されます。そこは「一粒万倍」と書かれて水が出ています。
財運が倍になる?宝くじはこのWord使ってますね。

品川神社 阿部稲荷

北馬場参道通りから中程を左にとり虚空地蔵通りに入ります。右手に工業地帯名残の赤レンガ塀があります。
内側は天龍寺。

赤レンガ塀

塀が終わるころ12:57 養願寺「布袋尊」に着きます。鎌倉時代1299年(正安元年)創建の古刹。山門等ありませんが向いている方角は海、東海道と参道は垂直に交わっていたのかしら。参道も無くなっているようです。

養願寺 布袋尊

狭い辻を出ると東海道、真向かいに
12:59 一心寺「寿老人」です。1855年(安政2年)創建、江戸裏鬼門守護の寺です。因みに同年安政の大地震発生しました。
年表をみていると1850年代は怒涛の年代でしたわね。世界では1851年ロンドン万博開催、1853年クリミア戦争勃発etc.

一心寺 寿老人

同寺近くに創業1865年(慶応元年)丸屋履物店があります、木造二階家で壁も板張り、下見の際に草履を買いました、台と鼻緒を選択し、すげていただく方式で、待っている間に、息子さんが作業、接客はお母様が。なにかしらほんわかしたお店でした。

丸屋履物店

全部廻りましたところで、軽く食べましょうということになり、全員一緒に食事。
参加者全員打ち解けて食べ終えました。
皆様、お疲れ様でした。京急北品川駅はすぐ近くです。
13:28 解散宣言。

問答無用河岸 位置

八ツ山橋柱

JR品川駅まで歩く希望者は、ご一緒に八ツ山通りを越えて約15分くらい歩きました。
右側線路ガード下はずっとラーメン屋さんが続くのです、選り取り見取り、あらゆるラーメンがありそうでした。

コメント

コメント一覧 (8件)

  • 水野さん:旧東海道の街並みと七福神めぐりの1日!用意周到な下見とパンフ等々の準備の上のご案内、大変有意義かつ距離も丁度よいウォーキングでした。本当に有難うございました。 次回も参加できるように、足の調整をしておきます。 橋山 高昭

  • お疲れ様でした。
    お楽しみいただきましたようで、嬉しいです。
    企画した甲斐がありました。
    次回も是非ご一緒できますように。

  • 第4回「歩こう会」の記事楽しく読ませていただきました。私も東海道五十三次の旅をしており、15年位前にお江戸日本橋を出発し、品川宿も通りました。記憶が薄れておりましたが、今般の記事で思い出がよみがえりました。15年前にスタートしましたが、様々な事情で10年以上旅が出来ませんでした。昨年の4月に落語家の桂歌助さんのツアーに参加して鈴鹿峠を越え滋賀県の土山宿まで来たところです。しかし岡崎宿から亀山宿までが抜けており今年中にこの七つの宿を歩く予定です。歩く会の皆様も大いに楽しんでください。村上博昭

  • 村上さん、残り七つの宿でしょうか。
    歩くのって楽しいですよね、いろんなものが見えてきて。
    貫徹なさいますように。

  • 田中さん、
    気づいていませんでした。
    私が確認すべきことでした。
    次回から気を付けます。

    ご心配おかけしました。ごめんなさい。

  • お気遣いありがとうございます。
    荏原神社の赤い橋の上から見た神社の佇まいがとても良かったので写真を撮るのに夢中になってしまいました。撮影時に居らずにご迷惑をおかけしました。

    水野さん、今回の歩く会の企画・遂行ありがとうございました。とても素晴らしい本番になりましたね。毎回、貴女の企画力と丹念な事前の現地視察には感嘆しております。何時も次回が益々楽しみになってきます。宜しくお願い致します。佐藤忠夫

  • お疲れ様でした。
    有難うございます。

    お楽しみいただけるような企画にしたく思っています。

橋山高昭 へ返信する コメントをキャンセル

目次