【訃報】 奥津 達雄 様 2017 3/30 訃報 2017年3月30日 お名前 奥津 達雄(オクツ タツオ) ご逝去日 2017年3月21日 享年 88歳 お通夜 告別式 会場 名称 住所 電話番号 リンク 備考 ご葬儀は、すでに終わられています。 訃報 “輝け! リタイアメント・ライフシリーズ第19弾” サンティアゴ巡礼の旅 ポルトガルの道編 #2 大島米次郎 武豊支部同好会「衣浦会」旅便り 関連記事 【訃報】濱野 真由美 様 2025年12月19日 【訃報】高瀬 英克 様 2025年12月18日 【訃報】山内 祥生 様 2025年12月6日 【訃報】富樫 輝義 様 2025年11月19日 【訃報】三橋 慎一 様 2025年9月19日 【訃報】楠原 努 様 2025年9月9日 【訃報】藤松 伸夫 様 2025年9月6日 【訃報】森田 正則 様 2025年8月26日 コメント コメント一覧 (8件) 奥津達雄様の突然の訃報に驚いています。 農産事業部のやんちゃ坊主社員であった私に新農産事業部長として優しく接していただいた数々のご指導と思い出が走馬燈のように浮かんで参ります。 私の39歳の退職後に夫婦で片瀬山の自宅にご挨拶に伺い、奥津様ご夫妻との会話が昨日のように感じています。 略儀ながらお悔やみを申し上げます。 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 伊東市八幡野 光月秀次拝 返信 突然の訃報には茫然としております。 昨年は半年ばかり入退院を続けられていたと伺っておりましたが、無事退院され外出もされておられたご様子で、快方に向かわれていたものと拝察いたしておりました。 私の在職期間の大半を奥津達雄様のご指導の下で過ごさせて頂き人生の師でもありました。 別れの時は何時かは訪れるものとは知りながら、辛さは一入です。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 笠井 寿 返信 奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。 私にとっては最後の上司でありますが、心の通い合った人が亡くなることは、寂しい限りです。 恒例の年賀状も、今年は来なかったので、若しや体調不良では・・・と心配してましたが。 晩年は絵を描き、畑で自然を愉しんで過ごされていたようですが、現役時代の激しい苦闘を癒されていたことでしょう。 『畑に行って昼寝してると、オニヤンマが目の前に寄ってきて、がんを付けて離れないんだよ。一緒に遊ぼうと言ってるのだろか?』・・・と聞かれたことがあります。 『それは、オニヤンマにとっては、自分の生活圏を侵す者として、奥津さんは侵入者になってるんですよ。』とお答えしました。『そうか、それは申し訳ないな~。』と・・オニヤンマを追っ払うこともしないで、優しく接しておられたようです。 思慮深く慈愛に満ちた人生の師を失ったことは、誠に残念です。 ご冥福をお祈りいたします。 合掌 2017.3.30 岐阜県多治見市 樹木医 多賀 正明拝 返信 奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。 奥津本部長の下では、動物薬の再評価やTM/LAなど数多くの新製品開発を担当させていただき、サリノマイシンの導入に当たっては、ファイザーのテラホーデ研究所などでの研修会に参加させて頂くなど、様々な主要な業務を担当させて頂きました。多くの技術と知識を身に着けることができ、心より感謝しています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌 平井輝生 返信 奥津様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。農産事業本部長に加えて医薬開発本部長を歴任されたことはあまりよく知られていないのではないでしょうか。ノルバスク、ユナシン、ジフルカンなど、後にファイザーの主力製品となる大型新薬の承認取得にご尽力されたのをよく覚えています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌 下岡釿雄 返信 本日田舎から帰って突然の訃報に接し驚いております。ただただご冥福をお祈りするばかりです。直属の部下として長きにわたりご指導を賜り感謝に堪えません。苦しい場面で奮闘される姿が今でも目に浮かびます。奥津本部長の背中を見て多くのことを教えていただきました。本当にありがとうございました。こんなに早くお別れすることになるとは誠に残念です。 ごゆっくりお休みください。 熊谷達昭 返信 奥津様が3月21日にお亡くなりになられたことを知り、心からお悔やみ申しあげます。思えば今から約40年前奥津様がアメリカでの研修を終え、本社に帰られた後、調整部から農産事業本部に転勤し以来ほぼ30年近く奥津様の下で勤務しいろいろとご指導賜りましたこと、昨日のように思い起こします。ありがたく御礼申し上げます。奥津様の教えを振り返りつつ、私も自分なりに成長していきたいと思っております。 尚昨年10月11日付けのお手紙を頂き、私が信州佐久からお送りした絵はがきの返事が遅れたことを詫び、ここ半年入退院を懲り返していると承って、(お手紙の右下には八ヶ岳のカラースケッチが描かれ)何か胸騒ぎが致し、早速ご返事をお出ししましたことを鮮明に思い起こしています。 長いこと、ご指導賜りましたことを心から御礼申し上げます。 どうぞ安らかにお休みください。 合掌 増田耕男 返信 奥津様の訃報に接し、ただただショックを受けております。 私が初めての転勤で本社から仙台に赴任した折、所長というトップの立場にもかかわらず 公私ともにご指導いただき、何とか職務を全うできたことが思い浮かびます。 結婚式の来賓として遠路駆けつけていただいたことも女房と共に有難く感謝するばかりです。 去年までは、お年賀で直筆のコメントまでいただいていましたので、お元気に過ごしておられるものと安心していましたが、まさかの思いで傷心している次第です。 ほんとうにほんとうに残念です。 安らかにお眠りください。 合掌 市原 征夫(soyao.ichi@jcom.zaq.ne.jp) 返信 kishin@cac-net.ne.jp へ返信する コメントをキャンセルコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 Δ
奥津達雄様の突然の訃報に驚いています。 農産事業部のやんちゃ坊主社員であった私に新農産事業部長として優しく接していただいた数々のご指導と思い出が走馬燈のように浮かんで参ります。 私の39歳の退職後に夫婦で片瀬山の自宅にご挨拶に伺い、奥津様ご夫妻との会話が昨日のように感じています。 略儀ながらお悔やみを申し上げます。 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 伊東市八幡野 光月秀次拝 返信
突然の訃報には茫然としております。 昨年は半年ばかり入退院を続けられていたと伺っておりましたが、無事退院され外出もされておられたご様子で、快方に向かわれていたものと拝察いたしておりました。 私の在職期間の大半を奥津達雄様のご指導の下で過ごさせて頂き人生の師でもありました。 別れの時は何時かは訪れるものとは知りながら、辛さは一入です。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 笠井 寿 返信
奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。 私にとっては最後の上司でありますが、心の通い合った人が亡くなることは、寂しい限りです。 恒例の年賀状も、今年は来なかったので、若しや体調不良では・・・と心配してましたが。 晩年は絵を描き、畑で自然を愉しんで過ごされていたようですが、現役時代の激しい苦闘を癒されていたことでしょう。 『畑に行って昼寝してると、オニヤンマが目の前に寄ってきて、がんを付けて離れないんだよ。一緒に遊ぼうと言ってるのだろか?』・・・と聞かれたことがあります。 『それは、オニヤンマにとっては、自分の生活圏を侵す者として、奥津さんは侵入者になってるんですよ。』とお答えしました。『そうか、それは申し訳ないな~。』と・・オニヤンマを追っ払うこともしないで、優しく接しておられたようです。 思慮深く慈愛に満ちた人生の師を失ったことは、誠に残念です。 ご冥福をお祈りいたします。 合掌 2017.3.30 岐阜県多治見市 樹木医 多賀 正明拝 返信
奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。 奥津本部長の下では、動物薬の再評価やTM/LAなど数多くの新製品開発を担当させていただき、サリノマイシンの導入に当たっては、ファイザーのテラホーデ研究所などでの研修会に参加させて頂くなど、様々な主要な業務を担当させて頂きました。多くの技術と知識を身に着けることができ、心より感謝しています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌 平井輝生 返信
奥津様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。農産事業本部長に加えて医薬開発本部長を歴任されたことはあまりよく知られていないのではないでしょうか。ノルバスク、ユナシン、ジフルカンなど、後にファイザーの主力製品となる大型新薬の承認取得にご尽力されたのをよく覚えています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌 下岡釿雄 返信
本日田舎から帰って突然の訃報に接し驚いております。ただただご冥福をお祈りするばかりです。直属の部下として長きにわたりご指導を賜り感謝に堪えません。苦しい場面で奮闘される姿が今でも目に浮かびます。奥津本部長の背中を見て多くのことを教えていただきました。本当にありがとうございました。こんなに早くお別れすることになるとは誠に残念です。 ごゆっくりお休みください。 熊谷達昭 返信
奥津様が3月21日にお亡くなりになられたことを知り、心からお悔やみ申しあげます。思えば今から約40年前奥津様がアメリカでの研修を終え、本社に帰られた後、調整部から農産事業本部に転勤し以来ほぼ30年近く奥津様の下で勤務しいろいろとご指導賜りましたこと、昨日のように思い起こします。ありがたく御礼申し上げます。奥津様の教えを振り返りつつ、私も自分なりに成長していきたいと思っております。 尚昨年10月11日付けのお手紙を頂き、私が信州佐久からお送りした絵はがきの返事が遅れたことを詫び、ここ半年入退院を懲り返していると承って、(お手紙の右下には八ヶ岳のカラースケッチが描かれ)何か胸騒ぎが致し、早速ご返事をお出ししましたことを鮮明に思い起こしています。 長いこと、ご指導賜りましたことを心から御礼申し上げます。 どうぞ安らかにお休みください。 合掌 増田耕男 返信
奥津様の訃報に接し、ただただショックを受けております。 私が初めての転勤で本社から仙台に赴任した折、所長というトップの立場にもかかわらず 公私ともにご指導いただき、何とか職務を全うできたことが思い浮かびます。 結婚式の来賓として遠路駆けつけていただいたことも女房と共に有難く感謝するばかりです。 去年までは、お年賀で直筆のコメントまでいただいていましたので、お元気に過ごしておられるものと安心していましたが、まさかの思いで傷心している次第です。 ほんとうにほんとうに残念です。 安らかにお眠りください。 合掌 市原 征夫(soyao.ichi@jcom.zaq.ne.jp) 返信
コメント
コメント一覧 (8件)
奥津達雄様の突然の訃報に驚いています。
農産事業部のやんちゃ坊主社員であった私に新農産事業部長として優しく接していただいた数々のご指導と思い出が走馬燈のように浮かんで参ります。
私の39歳の退職後に夫婦で片瀬山の自宅にご挨拶に伺い、奥津様ご夫妻との会話が昨日のように感じています。
略儀ながらお悔やみを申し上げます。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
伊東市八幡野 光月秀次拝
突然の訃報には茫然としております。
昨年は半年ばかり入退院を続けられていたと伺っておりましたが、無事退院され外出もされておられたご様子で、快方に向かわれていたものと拝察いたしておりました。
私の在職期間の大半を奥津達雄様のご指導の下で過ごさせて頂き人生の師でもありました。
別れの時は何時かは訪れるものとは知りながら、辛さは一入です。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
笠井 寿
奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。
私にとっては最後の上司でありますが、心の通い合った人が亡くなることは、寂しい限りです。
恒例の年賀状も、今年は来なかったので、若しや体調不良では・・・と心配してましたが。
晩年は絵を描き、畑で自然を愉しんで過ごされていたようですが、現役時代の激しい苦闘を癒されていたことでしょう。
『畑に行って昼寝してると、オニヤンマが目の前に寄ってきて、がんを付けて離れないんだよ。一緒に遊ぼうと言ってるのだろか?』・・・と聞かれたことがあります。
『それは、オニヤンマにとっては、自分の生活圏を侵す者として、奥津さんは侵入者になってるんですよ。』とお答えしました。『そうか、それは申し訳ないな~。』と・・オニヤンマを追っ払うこともしないで、優しく接しておられたようです。
思慮深く慈愛に満ちた人生の師を失ったことは、誠に残念です。
ご冥福をお祈りいたします。
合掌
2017.3.30
岐阜県多治見市 樹木医 多賀 正明拝
奥津達雄様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。
奥津本部長の下では、動物薬の再評価やTM/LAなど数多くの新製品開発を担当させていただき、サリノマイシンの導入に当たっては、ファイザーのテラホーデ研究所などでの研修会に参加させて頂くなど、様々な主要な業務を担当させて頂きました。多くの技術と知識を身に着けることができ、心より感謝しています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌 平井輝生
奥津様のご逝去を知り、心よりお悔やみ申し上げます。農産事業本部長に加えて医薬開発本部長を歴任されたことはあまりよく知られていないのではないでしょうか。ノルバスク、ユナシン、ジフルカンなど、後にファイザーの主力製品となる大型新薬の承認取得にご尽力されたのをよく覚えています。心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌
下岡釿雄
本日田舎から帰って突然の訃報に接し驚いております。ただただご冥福をお祈りするばかりです。直属の部下として長きにわたりご指導を賜り感謝に堪えません。苦しい場面で奮闘される姿が今でも目に浮かびます。奥津本部長の背中を見て多くのことを教えていただきました。本当にありがとうございました。こんなに早くお別れすることになるとは誠に残念です。
ごゆっくりお休みください。 熊谷達昭
奥津様が3月21日にお亡くなりになられたことを知り、心からお悔やみ申しあげます。思えば今から約40年前奥津様がアメリカでの研修を終え、本社に帰られた後、調整部から農産事業本部に転勤し以来ほぼ30年近く奥津様の下で勤務しいろいろとご指導賜りましたこと、昨日のように思い起こします。ありがたく御礼申し上げます。奥津様の教えを振り返りつつ、私も自分なりに成長していきたいと思っております。
尚昨年10月11日付けのお手紙を頂き、私が信州佐久からお送りした絵はがきの返事が遅れたことを詫び、ここ半年入退院を懲り返していると承って、(お手紙の右下には八ヶ岳のカラースケッチが描かれ)何か胸騒ぎが致し、早速ご返事をお出ししましたことを鮮明に思い起こしています。
長いこと、ご指導賜りましたことを心から御礼申し上げます。
どうぞ安らかにお休みください。
合掌 増田耕男
奥津様の訃報に接し、ただただショックを受けております。
私が初めての転勤で本社から仙台に赴任した折、所長というトップの立場にもかかわらず
公私ともにご指導いただき、何とか職務を全うできたことが思い浮かびます。
結婚式の来賓として遠路駆けつけていただいたことも女房と共に有難く感謝するばかりです。
去年までは、お年賀で直筆のコメントまでいただいていましたので、お元気に過ごしておられるものと安心していましたが、まさかの思いで傷心している次第です。
ほんとうにほんとうに残念です。
安らかにお眠りください。 合掌
市原 征夫(soyao.ichi@jcom.zaq.ne.jp)