【訃報】 安藤 一男 様 2015 12/07 訃報 2015年12月7日 お名前 安藤 一男(アンドウ カズオ) ご逝去日 2015年10月21日 享年 95歳 お通夜 告別式 会場 名称 住所 電話番号 リンク 備考 訃報 "輝け!リタイアメント・ライフシリーズ” 第14弾 「サンティアゴ巡礼の旅(北の道編#1)」 大島米次郎(狭山市在住) 【訃報】 田谷 泰明 様 関連記事 【訃報】濱野 真由美 様 2025年12月19日 【訃報】高瀬 英克 様 2025年12月18日 【訃報】山内 祥生 様 2025年12月6日 【訃報】富樫 輝義 様 2025年11月19日 【訃報】三橋 慎一 様 2025年9月19日 【訃報】楠原 努 様 2025年9月9日 【訃報】藤松 伸夫 様 2025年9月6日 【訃報】森田 正則 様 2025年8月26日 コメント コメント一覧 (3件) 安藤様の訃報に接し今はただ愕然としております。1958年入社時よりいろいろとご指導は受けましたが、特に神戸工場から武豊工場への移転の前後に亘る約十年弱、何かとお世話・ご指導を頂きました。我社が急激に発展を遂げた時期であり、種々の未経験な困難な事象に直面した時期でもありました。 ここ数十年は小田原でお一人の生活を過ごされている事は承知していましたが、中々お会いする機会を作れず誠に残念に思います。 御冥福をお祈りいたします。 合掌! 返信 在りし日の面影を偲び心よりご冥福をお祈り申し上げます。安藤様は第2次大戦に従軍させられ、ニューギニア戦線では撤退する日本軍の最後尾に配属されて追撃する連合軍と目前に戦って負傷し、99死に1生を得て復員されました。台糖ファイザー社の発足に際しては、初日から管理薬剤師として大阪工場で技術移転に努められ、神戸工場、名古屋工場の製剤工場の基礎を築かれました。また、世界的な規範となったGMPの導入に際しても積極的に担当し、指導されました。製薬会社としての基礎を築き次世代に伝えた貴重な方でした。神戸ではお住まいも同じ社宅でしたので、1968年私が本社に転勤するまで公私にわたりお世話になりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌 返信 ファイザー社友会のメールにて安藤様の訃報を知りました。 1963年入社時より小生が配属された部署において遠い存在ではありましたがお世話にないました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 堀 昌太郎 返信 コメントする コメントをキャンセルコメント ※ 名前 ※ メール ※ サイト 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。 Δ
安藤様の訃報に接し今はただ愕然としております。1958年入社時よりいろいろとご指導は受けましたが、特に神戸工場から武豊工場への移転の前後に亘る約十年弱、何かとお世話・ご指導を頂きました。我社が急激に発展を遂げた時期であり、種々の未経験な困難な事象に直面した時期でもありました。 ここ数十年は小田原でお一人の生活を過ごされている事は承知していましたが、中々お会いする機会を作れず誠に残念に思います。 御冥福をお祈りいたします。 合掌! 返信
在りし日の面影を偲び心よりご冥福をお祈り申し上げます。安藤様は第2次大戦に従軍させられ、ニューギニア戦線では撤退する日本軍の最後尾に配属されて追撃する連合軍と目前に戦って負傷し、99死に1生を得て復員されました。台糖ファイザー社の発足に際しては、初日から管理薬剤師として大阪工場で技術移転に努められ、神戸工場、名古屋工場の製剤工場の基礎を築かれました。また、世界的な規範となったGMPの導入に際しても積極的に担当し、指導されました。製薬会社としての基礎を築き次世代に伝えた貴重な方でした。神戸ではお住まいも同じ社宅でしたので、1968年私が本社に転勤するまで公私にわたりお世話になりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌 返信
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安藤様の訃報に接し今はただ愕然としております。1958年入社時よりいろいろとご指導は受けましたが、特に神戸工場から武豊工場への移転の前後に亘る約十年弱、何かとお世話・ご指導を頂きました。我社が急激に発展を遂げた時期であり、種々の未経験な困難な事象に直面した時期でもありました。 ここ数十年は小田原でお一人の生活を過ごされている事は承知していましたが、中々お会いする機会を作れず誠に残念に思います。
御冥福をお祈りいたします。 合掌!
在りし日の面影を偲び心よりご冥福をお祈り申し上げます。安藤様は第2次大戦に従軍させられ、ニューギニア戦線では撤退する日本軍の最後尾に配属されて追撃する連合軍と目前に戦って負傷し、99死に1生を得て復員されました。台糖ファイザー社の発足に際しては、初日から管理薬剤師として大阪工場で技術移転に努められ、神戸工場、名古屋工場の製剤工場の基礎を築かれました。また、世界的な規範となったGMPの導入に際しても積極的に担当し、指導されました。製薬会社としての基礎を築き次世代に伝えた貴重な方でした。神戸ではお住まいも同じ社宅でしたので、1968年私が本社に転勤するまで公私にわたりお世話になりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 合掌
ファイザー社友会のメールにて安藤様の訃報を知りました。
1963年入社時より小生が配属された部署において遠い存在ではありましたがお世話にないました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
堀 昌太郎